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2006年10月30日 (月)

よっ、六代目!~ファイナル~

Photo_23 Photo_249月21日から始まった東京定席での 柳家小さん襲名披露興行が、本日千秋楽を迎えました。本当にお疲れ様でした。紫苑色に白のあられ模様のキモノ+砂茶色の袴。相も変わらず清々しく、さっぱりとした江戸前の色気が漂っていました。40日間休みなしの興行をやり遂げた小さん師匠は、なんだか本当にひとまわり大きな器になったように見えました。

今日聞いた噺は、この興行中に拝聴するのが3回目でしたが、噺に適度な遊びがあり、厭味のない余裕というものを感じました。

六代目というと普通は歌舞伎界で名優とされている六代目・尾上菊五郎をさすそうです。でも、私の中では、何がなんでも六代目といったら柳家小さん。まだまだ年内は襲名興行が続きますが、今後の小さん師匠をかげながら追いかけて行きたいと思います。

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2006年10月28日 (土)

縮緬の帯

1028 今日は水玉の紬に、鬼しぼ縮緬に型絵染めの帯で小唄のお稽古に。

ほっこりとした縮緬素材はしっとりとした秋から冬にかけて温かな優しさをほのかに感じさせてくれます。袷の季節に入ったばかりの10月の初めは、まだ夏の名残が影をひそめ、鬼しぼ縮緬などは野暮ったく映ってしまうように思います。

お師匠さんから伺ったのですが、赤坂芸者は縮緬の半衿や絞りの帯や帯揚げは11月~2月の期間のみに装うのが流儀とのこと。理屈ではなく、季節を敏感に肌で感じてキモノを着ていた良き時代のルールのように思えました。今日は、10月28日。11月まで待ちきれずに、この帯を締めてしまいました。でも、朝起きた時のピンとした空気が「鬼しぼOK」とちゃんとサインを出してくれました。

気温や湿度など数字で推し量るのではなく、季節の匂いや光にちゃんと反応できる自分でありたいと思います。

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2006年10月19日 (木)

10年選手

Photo_20 神戸出張の延長で、京都まで足を伸ばしました。

イノダ珈琲好きの私は京都訪問の折りに、かなりの頻度で訪れます。そこで必ず購入するのが、ポット柄の布巾です。実は10年前から愛用。ポット&カップのシルエットをプリントしたシンプルかつ洗練されたデザインは抜群。メッシュ素材のコットンは、乾きも早くて見掛け倒しではない実力派。使いつづけると、鮮やかな赤が柔らかく褪色するニュアンスも味わい深く(写真右は2年ほど使ったもの)、ボロボロになるまで使い込みます。

お店を訪れるたびに10枚単位で購入し、お世話になった方や友人への手土産にしています。プレゼントした方も皆一様に喜んでくださり、細々とイノダ製布巾の輪を広げていっています。

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2006年10月17日 (火)

よっ、六代目④

10_2 Photo_16 例によって、柳家小さんの襲名披露に行ってきた。10月中席は浅草演芸ホール。初めて訪れた。受け付けには、おかっぱ頭の愛想の悪いお兄ちゃん、途中場内を清掃に周るおじさんは毛量が少ないのにパンチパーマ(あきらかに、抜け毛が進行すると思われる)、売店のおばちゃんもキャラが濃い。寄席の会場そのものが面白いというのは、やはり浅草という土地柄だろうか・・・。

小さん師匠、口上の時にお顔を拝見したら「おやっ?」と感じた。これまで見てきた緊張感が抜けているように見えた。やはり、休みなしの襲名興行にお疲れ気味なのだろうか・・・と一瞬思えた。だが、落語がはじまってみて気が付いた。小さんの名前が馴染んできたのだと。8月31日の前夜祭の時には、まだまだ名実ともに三語楼だった。9月21日の襲名初日は緊張でいっぱいだった。その後、何度か足を運んできたが、襲名から約1ヶ月でこんなにも人は変わるものなのか?

<柳家小さん>という落語界のビッグ名跡。それを受け止める覚悟がかたまり、真摯に立ち向かい、自然体に自分の芸を貫く。この日の噺は瓶を買いに行く話。心地よかったです。スルスルと耳に入っていきつつ、ちゃんと情景が留まる、そんな話し方です。この日のキモノは、紫苑色の花菱のような紋綸子に、ベージュの袴を合わせており、とっても洗練された印象でした。ちなみに、この日は林家正蔵も出演していたのですが、彼の羽織の洒落ていたこと!チョコレートブラウン地にサンドベージュの小さな★が飛び柄になったもの。人を惹きつける空気感が伝わってきました。

10月下席は池袋演芸場。もちろん、行きますとも。

Photo_17 ←このパンフレットのハズシ加減も浅草らしい・・・。

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2006年10月15日 (日)

見立て

Photo_18 遠州流のお茶のお稽古に行ってきた。

お宅にお邪魔すると、松岡先生の自作の竹の花入れが目に入った。江戸時代に予楽院公が、口切の時に軒から取り外した竹の雨樋受けに目をとめ、竹に白く浮いた痕を月に見立てて<雨後の月>との銘で花入れにしたものを真似ていた。

お茶に限らず、日本の文化は何かと<見立て>好き。

この日いただいた紫の実の茶花を、ブドウに見立てワインのボトルに生けてみました。何のひねりもない見立てではありますが・・・。自分の暮らしの中に、少しずつ茶の文化が匂いはじめた一コマであります。

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2006年10月 9日 (月)

持久力の素

109 今朝の新聞の一面に子供の「体力・運動能力調査」結果が過去最低であることが発表された。ことに、持久力が試される持久走は20年前に比べ大幅に低下。これらは、朝食抜きなど生活習慣と深い関わりがあるそうな。

そんな記事を読んだあと、普段よりも入念に朝食の支度をした。小えびのせ豆ご飯、南瓜のサラダ、煮たまご、人参とタマネギのスープ(ストックしてあるもの)、そして茗荷の漬物。なんだか様になったので思わず写真をとってみた。

左手前にある茗荷の漬物は、京都のお茶の先生の妹さんから教わった。ポン酢(私は柚子風味の黒酢を使用)に塩と御酢(我が家は梅酢)をお好みで混ぜ、刻んだ茗荷を入れるだけという、実に簡単でとっても美味しい一品。30分もあれば味が染み込むため即席の浅漬けとしてはもってこい。2~3日して味が染み込みすぎた場合にはみじん切りにして冷奴のうえにのせれば、これまた絶品。いかにも酒呑みのつまみのようで恐縮です。

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2006年10月 8日 (日)

小石川植物園

10 10_1 本日も晴天なり。小石川植物園を訪れる。

不思議な植物や木々がいっぱい。桜や梅の珍種をはじめケノキ林、偉大なクスノキや実をたわわにつけた銀杏の木など、行くたびに新たな発見があります。

様々ななのは植物だけにあらず。人間もまた、十人十色。家族で横一列に並びクリスマスのリース用の松ボックリをかき集めていたり、血眼になって銀杏を集める若いカップルに遭遇したり、紅葉並木で頬を寄せ合う場違いカップル、ぬかるみそうな林道をキモノ姿で無理やり歩く御婦人、子供に木登りを自慢する父親・・・。そんな様子を猫は冷ややかに見つめます。

私が小石川植物園で必ず購入するのがグリーティングカードです。(ちなみに基本的には園内でしか購入できないのですが、栃木県日光市に植物園の分園があるため、金谷ホテルのフロントでもなぜか購入できます。)

40種類近くあるカードから今回選んだカードは明治・大正期に活躍した画工・加藤竹斎によるイチョウとボタン図。そしてボタニカル・アートの先駆者的存在で知られる五百城文哉(いおきぶんさい)筆のタカネバラ。ネの字に「子」があてられており、<タカ子>バラと読める。自分と同じ名前のバラのカードをばかみたいに沢山買ってしまいました・・・。

そして、もう一つの収穫がハンカチの木のタネ。家の裏にこっそり植えてみました。どうなることやら・・・。

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2006年10月 7日 (土)

掬水(きくすい)

107_1今年は 10月6日が仲秋の名月でした。が、東京は嵐に見舞われてお月見どころではありませんでした。その嵐が嘘のように今日は快晴。空の色も、とても鮮やかで本当に気持ちの良い一日でした。

小唄のお稽古からの帰り道、ふと空を見上げたら大粒の真珠を浮かべたような、澄んだ月が見えました。

掬水月在手(水を掬すれば月 手に在り)。

于良史の詩「春山の夜月」の一節です。秋の夜に川面に両手を入れて、その水を掬ってみると、そこに月が映る。という風情を詠んだもの。禅語的に解釈すると空のかなたにあるつきも手に掬った水に浮かべれば、自分の手の中にある。つまり自然と自分が一体となる境地にとれるそうな。

この秋の句に対して、春を詠んだものが<弄花香満衣 花を弄すれば香は衣に満つ>。春の野辺、花をかざし弄べば衣服いっぱいに花の香りがしみこむという情景。

直接月や花を愛でるのでなく、手のひらの水に映したり、衣にうつった花の香りを愛でる。間接的な美を堪能する表現が、さぞかし日本人の心に響いたのでしょう。

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2006年10月 6日 (金)

父・こんなこと

今日も朝からせっせと拭き掃除。茶道の見学にいってから<キレイ数寄>モードに。ジャージィーのまま一心不乱にとまではいかないが床を磨く自分の姿が、ふと鏡に映る。ガッカリ。そこで思い出したのが作家・幸田文が明治の文豪であり父である幸田露伴について語った『父・こんなこと』。その中にこんな一節がある。「働く時に力を出しおしみするのは、しみったれで醜い。薪を割るときでも、女は美でなくてはいけない。」「女はどんな時でも見よい方がいい、働いているときに未熟な形をするようなやつは気取ったって澄ましたって、見る人がみりゃ問題にはならん」。実際に薪を割っているときにこんなお小言を言われた文さんはたまらないだろうが、最初にこれを読んだ時には、なんだかとても納得させられた。

Photo_13 そして、今日のご褒美は、江戸駄菓子のまんねん堂さんの<生しょうがくるみ>。ジンジャーフレーバーのお砂糖でコーティングされたくるみ菓子です。これが緑茶にぴったり。しみじみ露伴さんの言葉をかみ締めました。

父『父・こんなこと』 著:幸田文

世間的にも偉大であり、家庭においても、絶大な権力を持っていた露伴が、息を引き取るまで、そして亡くなった後の諸事が、娘の視点で綴られている。偉大なる人物ではあるが、娘にとっては、病に臥してまで、頑固で扱いにくい父親。箸の上げ下ろし、ふすまの開け閉めにまでうるさい父は、寝たきりになっても、日々雑用の粗相を許さない。そして娘も、父親に負けず劣らず意地っ張りときている。そんな父娘が、最期を迎える時を過ごす様子を、愛憎取り混ぜ、女性らしい視点で描いている。

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2006年10月 4日 (水)

よっ、六代目③

Photo_11 Photo_12 <よっ、六代目>のタイトルがどこまで続くのか。えぇ、続きますともどこまでも。本当に追っかけているのです。

10月上席の襲名興行は末広亭・夜の部。昨日は午後から紀尾井町ホールにて赤坂踊り。その後、新宿区河和田町にてお茶の先生へのご挨拶、それから末広亭にかけつけたため、到着したら口上が終わって幕が降りる頃でした。

昨日はプログラムにない、特別ゲストとして綾小路きみまろが登場。私は二階席から見下ろしていたので彼のネタにもなっているヅラの様子がよくよく眺められました。小さん師匠、散髪に行ったせいかサッパリとされていました。相変わらずキレイな佇まいで飄々とした語り口に心があらわれました。ひとつ疑問に思ったのは半衿の色。黒紋付に袴姿なのにお衿が藍色だったのです。ワタシの勉強不足かもしれませんが、やっぱり黒紋付には白の衿がすっきり見えるように思います。

文章が前後しますが、赤坂踊りは目を見張るものがありました。250席しかない小ホールだったこともあり舞台との距離が近く、お座敷で舞を見ているような贅沢さ。9年前までは、戦後から40年以上にわたって毎年歌舞伎座で行われていた赤坂踊り。それが芸者さんの減少で一旦幕を降ろし、昨日紀尾井町ホールにて復活したという記念すべき会でした。現在赤坂にはわずか11人の芸者さん、そして14人の地方さんしか残っていません。でも、「赤坂芸者だけが歌舞伎座の舞台を踏めた」というプライドと品格は健在。お客様の質をみても、それは感じました。全員が登場する総踊りでは、芸妓組合会長で70代の久子お姉さんが一番可愛らしく見えたから不思議。これぞ芸を極めた人のオーラなのでしょう。この日の装いは、後で伺うお茶の先生のことも考えてキモノは江戸小紋。そして帯は、小唄の師匠の姉弟子で赤坂芸妓組合の副会長をしている鳴り物の彰子お姉さんのために鼓柄の染め帯を合わせました。

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