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2016年3月27日 (日)

幸せとは、春にはく新しい靴

Img_6119_2桜の便りとともに、気持ちはハミング。洋服もメイクも、聞く音楽も軽やかになる。まだ寒いうちから、穏やかな春を想いながら用意していた象牙色のパテント素材のスリッポン。デニムに合わせただけで、スキップしたくなる。

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たくさんの幸せ

Img_4931_2人が生きるのは何のためだろう?・・・・・・という「?マーク」は、生きているうえでの永遠の課題なのだと思う。仕事をするのは何のため?洋服やジュエリーを身につけるのはなんでだろう?暮らす空間、食べる行為を意識してよいものにしようとする、その本質は何だろう・・・。ふと、浮かんだのは「幸せになる」ためではないかということ。人を「幸せにする」とまでおこがましいことはいわない、まずは自分が「幸せになる」こと。

赤塚不二夫さんのメッセージを編んだ『天才バカボンの幸福とは今日もおひさまが昇ること』を真似て、自分なりの幸せを集めていったら、また出合える本質があるのではないかと考えた。今日から、“たくさんの幸せ”をはじめてみるのだー。

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2016年3月23日 (水)

白紙と向き合う

Img_6101_2仕事をする前のウォームアップというわけでもないのだが、スケッチブックに“思考の奇跡”を綴ることを習慣にしはじめた。いつでも、どこでも情報が入ってくる時代にあって、その情報をキャッチしただけで理解したつもりになっている自分が恐ろしい・・・・・・。“考える”という行為が完全に疎かになっている。そうすると、ついつい情報に流されてしまうことが多い。見たもの、聞いたこと、読んだものに対して自分なりに感じて、咀嚼して、しっかりと考えなければ、思考は退化する一方だ・・・・・・という危機感を最近いっそう強く感じる。

では、なぜスケッチブックなのか?

こうしてブログを書くにしても、パソコンで文章を書いていると、文字は自動で変換され、不安な言葉はすぐに検索することができる。その便利さからも、一反距離を置いたほうが自分の思考が深まるのではないかと思ったからだ。自分で思ったというより、正確には、先日読み終わった数学者の著書から彼自身、そして彼が尊敬する科学者が“白紙”や“ホワイトボード”と対峙して思考を深めているというエピソードの受け売りである。よいと思ったことを、すぐに実行することは数少ない私の長所でもある。

『みんなのミシマガジン×森田真生0号』(ミシマ社)。ご興味のある方は、ぜひご一読を。

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2016年3月22日 (火)

サボテンのおうち

Img_6086_2サボテンのおうちを買った。シャビーなアイアン・ワークとガラスとミラーに閉じ込められたサボテンは、まるで標本のよう。無機質さの中に有機的なものをおさめたときの、静謐な感じは、ヘニング・シュミットのピアノを聞いているような心地よさで、なかなか気に入った。自由でありすぎるよりも、ちょっぴり窮屈でも何かに守られていたり、軸や枠をつくってもらったほうが、かえって自分らしさが際立つということがある。組織だったり、所属だったり、持ちモノだったり、着ている衣服だったり・・・。人も植物も・・・。こちらの品は、洋服を中心に丁寧で意志のあるライフスタイルを提案している、プレイン・ピープルにて。

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2016年3月21日 (月)

笑って許せるのだ

Fullsizerender 久しぶりのライブは【吾妻光良とSwinging Boppers】。ジャズをベースに日本語の世相を謳ったユニークなバンドである。その言葉遊びたるや、聞いているだけで電車のなかで吹き出しそうになるほど。それでいて声よし、ギターよし、バックバンドのセンスも立ち位置も心地よい。もともとチケットをとっていたのは、1stステージのみだったのだが、「もっと聞きたい!」欲にかられ、思わず2stもおかわり。大満足で満腹ほろ酔いの夜となった。心に触れる音楽を聞きながら、頭を空っぽにして笑っていたら、先週あったモヤモヤと心に引っかかっていたものが、どうでもよく思えてきた。ガハハと笑っって水に流せるべきことは、いつまでも抱えていないで、さっさと水に流してしまおう。そしてまた、音楽を聞きながら思い出し笑いをしよう!

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